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Re[14]: 部分的復帰
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□投稿者/ GENANA 大御所(18048回)-(2014/02/22(Sat) 10:19:03)
| ■No113524に返信(うささんの記事) > 「蒋介石政権 相手にせず 近衛文麿」 >
人間として屑にも等しい。この人が言ってきたことがこの掲示板に残っている。 どれだけ、卑怯な人間かよくわかる。
GENANAうさ論争というスレッドのこの人の書き込みがる。
『まあ、とりあえず半畳みたいなのはここでは無視しておくことにして、「質問」って何よ?本当に答えてほしいなら、なんどでも書けばいいじゃない。それほど手間のかかることじゃないでしょ。論争術の一環として質問にも答えてないとかいう印象を与えたいだけかな?論点をすりかえるとか移動させるとかいうのもそうかな。それこそ、すりかえとか論点を移動させたとかの事実を提示してみたら?』
『「質問」って何よ?』にいたっては、自分自身が最低な人間ですっていってるのと同じですよ。幾度も繰り返してきたことです。 『本当に答えてほしいなら、なんどでも書けばいいじゃない。』とまで書き、とうとう都合が悪くなるともう、答えないと宣言する。
『私はGENANA氏の論争術の構造的な問題点を指摘してるんですよ。』 って言いたい気持ちは分かるよ。質問に答えられないから論点をずらしたくてしょうがない。質問をまたアップしておいたから答えてね。「なんどでも書けばいいじゃない」じゃなくて、何度も書いてるの。
『さて、自民党改憲案の問題点について、自民党は結党以来憲法改悪をかかげてきているのだから、案にもずいぶんと変遷があっただろうし、その中には前文の全面削除というのもあったろうと思う。』
最初からいい訳ですね。変遷があったことも前文の全面削除もあったか、ないのか分からかったのですね。『あったろうと思う』というのは、うささんの推測に過ぎないということですね。
『しかし、2012年4月に発表した自民党改憲案には全面削除したうえで、あらたに前文の案をだしていた。』
推測にしか過ぎなかったことが、ここでは事実して現れたのですね。つまり、変遷や前文の全面改定があったことはわからないのに、2014年2月まで批判を続けていたのですね。
『その事実は私は知らずに全面削除のままだと思っていた。それはその時点では間違いだというのは事実といえるでしょう。』
いえるのでしょうではなく、読んでいなかったのは事実そのもの。 あなたが認めているのですから。
『しかし、憲法改悪の策動の流れの中では、憲法前文を全面削除してしまいたい、というのは前文はあの戦争への反省のうえに踏まえられているからというのも事実でしょう。』
また、作為的に事実と主張をまぜこぜにしている。 「憲法改悪の策動の流れの中では、憲法前文を全面削除してしまいたい」は主張。だれの主張だかは不明だが、文の流れの上からは、「憲法改悪の策動の流れの中」はうささんの主張、「憲法前文を全面削除してしまいたい」は自民党がそのように考えているとするうささんの主張と私は理解する。間違っていますか。 「前文はあの戦争への反省のうえに踏まえられている」も厳密には主張。これを一般的事実としても、事実と主張をまぜこぜにしている。 これだけいっても、うささんは理解しないでしょう。 もっと、説明しましょう。 「前文はあの戦争への反省のうえに踏まえられている」が一般に事実として認識されている。しかし、「憲法前文を全面削除してしまいたい、というのは前文はあの戦争への反省のうえに踏まえられているから」は、「自民党は前文があの戦争への反省のうえに踏まえられているから憲法前文を全面削除してしまいたいと考えている」とうささんが主張していることに過ぎないのです。
『憲法改悪の策動の流れの中では、憲法前文を全面削除してしまいたい、というのは前文はあの戦争への反省のうえに踏まえられているからというのも事実でしょう。』
この文章は自民党が「憲法前文はあの戦争への反省のうえに踏まえられているから、憲法前文を全面削除してしまいたい」と考えていることが事実だと本当はいいたいのでしょうね。でも、それだと事実でなく、うささんの主張とすぐ分かってしまう。
文章を倒置して書くことにより、「事実でしょう」が文章の後ろに書かれている「前文はあの戦争への反省のうえに踏まえられている」(これが一般的事実として認識されていることを利用している)を強く意識させることにより、「憲法改悪の策動の流れの中では、憲法前文を全面削除してしまいたい」と自民党が考えていることを事実と見せかけようとしているのです。
自民党が「憲法改悪の策動の流れの中では、憲法前文を全面削除してしまいたい」としていると主張しているのはうささんです。これは主張です。事実ではありません。
自民党の改憲案を読んで、自民党の考えを推測若しくは推論することは事実ではありません。主張です。
主張でなくて事実というなら、何が事実なのか、わかりやすく説明して下さい。といっても、逃げ回る卑怯者は答えないでしょうね。
『GENANA氏は私の間違い(切り口によっては、あるいは掘り下げた見方によってはかならずしも間違いとはいえない)をつかまえたと感じて、読んでもいないのにとか言う。たしかに2012年4月に発表されたとかいう自民党案は読んでませんでしたよ。だけどその内容は現行憲法の前文の精神を文字通りに換骨奪胎してしまうものでしかない。』
「私の間違い」とは具体的に何を指すのですか。読んでもいないものを批判したことでしょうか。
私は、読んでもいないのに相手の主張が間違っている云々は言えないと指摘したのです。 読んでもいないのに批判していることを指摘されて、読んでみたらやはり批判は当然だよと居直るのは筋違い。 読んだ結果、従前の批判が妥当だということは、読んでもいないものを批判したという無謀を帳消しにできるものではありません。
『しかし、GENANA氏は、「読んでみてまったく違和感は無い」とかいう雑駁かつまったくの主観にすぎない印象を述べたにすぎない。』
お尋ねします。 「読んでみてまったく違和感は無い」と「」付きで書かれています。 通常は、このような場合は本人の発言や書き込みを引用する際に用いますが、「読んでみてまったく違和感は無い」と私はどこで書き込みしたのでしょうか。前後の文脈を調べたいのですが。どのレスでしょうか、お教えください。 といっても、これも無駄か。
『南京大虐殺もなかった、従軍慰安婦なんか何の問題も無い、植民地侵略ではなくいいことをしてやったんだ、という、かって日本がひきおこした戦争によってアジアで数千万の犠牲者をだした戦争への反省どころか、あったことをなかったことにしようという風潮に付和雷同するかのような立場からの印象批評など聞かされても何の意味もないとしか言えませんね。 もう時間がなくなってきてしまった』
いいこと言ってるんだけど、そこへいく迄の道のりで共感を得られないことをやりすぎですね。目的のためなら事実もねじ曲げる、相手の発言なんて改変する、まずいことには答えないちゅうのではねぇ。 どうして一般市民の共感を得られなかったか理解できなかった暴力集団と同じようですね。
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