| 2008/12/01(Mon) 23:20:02 編集(投稿者)
こちらにいる日本人の子供の日本語教育に関してはいろいろな考え方があり、どれが正解ということは今のところ私にはわかりません。
jackさんのおっしゃる事もおそらく非常に深く考えてきっとベストの選択をされているのだと思いますが、それも個々の環境や条件によって必ずしも誰にでも同じとはいえないはずです。
母親が日本人の場合と日本語を話す人が子供と長い時間居ない場合とでは変わってくると思います。
私もセブの日本語教育に少しだけ関わった事があり、いろいろな人のいろいろな意見を聞く機会に恵まれました。
最初に聞いた意見は「ある程度物事をしっかり考えれるようになるまでは一言語に統一した方が良い。多言語はそのあとでも勉強できる。」という意見でした。
この意見を尊重すると、フィリピンの環境では英語を第一言語として選択する以外になくなります。 フィリピンの教育環境が英語だからです。
実際に私の周りにはいろいろなパターンで日本語とビサヤ語と英語が使える人が何人もいます。
フィリピンで非常に優秀な学業成績を収め、日本の奨学金で日本の大学に留学したフィリピン人とも4年間毎日一緒に仕事をしました。
しかし、私の考えを大きく変えたのは、日本人の父(大学教授)とフィリピン人の母(大学教授)の娘さん(当時20歳)と知り合ってからです。
彼女は10歳くらいまで日本に居ましたが、英語日本語ビサヤ語タガログ語とスペイン語が話せ現在セブで医者になる為大学に通っています。
彼女と言語についての話を一時間ぐらいした事があるのですが、その時に彼女が言ったのは「頭の中では言語で物事を考えてはいない」という話でした。
丁度パソコンが二進数で計算をして、その後人間にわかるようにいろいろな言語に情報を変換するのと同じように、考えた事をそのあとで言語に直しているだけで、日本で10歳まで居て、家庭内ではほとんどが日本語の生活だったが、今フィリピンに居て英語やビサヤ語で話す時に物事を日本語で考えている感覚は無い。ということだったのです。
とはいうものも、私も自分の子供が大きくなり(上の子は10歳です)自分の経験や価値観を子供に伝えたくても、深い話は私のビサヤ語レベルでは難しいのが現状です。
自分が伝えたい事を子供に伝えるには子供に日本語を覚えて欲しいのは本当にそう思うのですが、日常生活でビサヤ語、学校で英語、TVなどではタガログ語、親と話すのは日本語、では子供の負担が大きくなりすぎるような気がするのです。
まして日本語が話せる私が娘と居られる時間は限られます。
それでも、毎週土曜日に3時間だけ、日本人補習授業校へ行かせ日本語の勉強をさせてもらっていますが、本人が本気で日本語を勉強したければ、もっとあとになってからでも十分間にあうのでなないかと考えています。
”大事なのは習慣や考え方や価値観であって言語ではない”という考えもあると思っています。
間違っている可能性もありますが、今のところそれを否定できるだけの意見を聞いた事は私にはありません。
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