| この日、二人の女がお白州に座り、大岡を待っていた。 二人の間には、小さな男の子が座っている。やがて襖が開き、大岡が姿を現し、「訴状の趣はあいわかった。両名の者は、子供を引きあえ。引っ張り寄せた方の子供と認める」と宣言する。 「では、始め!」大岡の怒声が響いた。 しかし……女達はどちらも、引っ張ろうとしない。 離すまでの時間が短ければ短いほど良いのなら、最初から引っ張らない方がより良いに決まっている。二人とも、そう考えていたのだった。だがそれでは、そもそも勝負にならない。 「そなたらは、子供を引っ張らぬのか」 「お奉行様、恐れながら、私がこの腹を痛めて産んだ子供でございます。腕を引っ張って痛がらせるなど、とてもできませぬ」 「私も同じでございます。血は繋がらなくとも、長年育てた、可愛い子供でございます。痛い目には遭わせとうありませぬ」 「そうか……」 予想と違う展開に、大岡はしばらく悩むような表情を見せた。 しかし、それも束の間。立ち上がって背筋を伸ばし、張りのある声で言い渡した。 「では二人に申し渡す。子供は、この大岡越前守忠相が養子として引き取り、育てるものとする」 「そ、そんな!」 「お奉行様、酷うございます!」 「よく聞くがよい。お前は自分が産んだ子供がいなくなり、子供一人分、損をする。お前は、育てた子供がいなくなり、子供一人分、損をする。私は、自分の子でもないのに引き取ることになり、子供一人分、損をする。三方一両損ならぬ、三方一人損である。これにて一件落着!」
越前裁きの一件でございます
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