| 東電によると、福島第1原発を襲った津波の高さは約14メートル。想定した5・4〜5・7メートルの倍以上に達し、沖合の防波堤も乗り越えた。損傷が大きい1〜4号機は標高約10メートルの敷地にあり、約4メートルの波が敷地内に押し寄せたことになる。
津波の影響で、タービン建屋の地下にある非常用ディーゼル発電機が水没して故障。同発電機用の軽油タンクも流され、冷却系の電源がすべて失われた結果、炉心溶融や水素爆発などの深刻な事態に陥った。
なぜ被害拡大を防げなかったのか。最大の原因は波高が想定を超えたことだが、非常用の電源設備を地下や海岸近くに設置するなど、津波の上陸を「想定していなかった」(東電)ことも影響した。設備を高所に置くと地震の揺れが大きくなるジレンマもあるが、専門家は「電源の多重防護が甘かった」と指摘する。
■経験以上に「まさか」
では、想定した津波の高さは妥当だったのか。東電は慶長、明治、昭和の三陸沖地震や福島沖、房総沖などで起きたマグニチュード(M)8級の歴史地震のデータを基に、沿岸で起こり得る最大の津波をシミュレーションで計算した。
国の指針では「極めてまれではあるが、発生の可能性を想定することが適切な津波」を対象に、その津波が来ても「安全機能が重大な影響を受ける恐れがないこと」とされている。
今回は国内で前例がないM9・0の巨大地震で、三陸沖から茨城沖まで広範囲のプレート(岩板)境界が連動して破壊された。過去の経験則に従えば「想定は困難」(東電)だった。
原発の津波想定は、土木学会が平成14年に作成した評価法が使われている。歴史的地震の文献や断層モデルを組み合わせた手法だ。国際原子力機関(IAEA)の安全基準にも例示されるなど信頼性は高いとされ、東電もこの手法で14年に津波想定を計算していた。
評価法の作成に関わった電力中央研究所の松山昌史上席研究員は「日本は津波の歴史や文献が世界で最も残っているが、人間が経験した以上のことは想像できない。M9はまさかという気持ちだ」と肩を落とす。
■見直し先送りした東電
ただ、大津波への懸念が研究者の間で全くなかったわけではない。
三陸沖から福島沖のプレート境界が連動して壊れる巨大地震により、過去3千年で3回の大津波が起きたことが近年の地質調査で判明し、学会などで発表されていたからだ。
最後に起きた貞観(じょうがん)地震(869年、M8・3)から1千年以上が経過しており、政府の地震調査委員会は今年2月、三陸沖から房総沖の地震評価の見直しに着手。貞観地震が起きたことを明記した改訂版を4月に公表する予定だった。
一方、東電は平成21年6月、国の耐震指針の見直しを受け、福島第1原発の耐震性の再評価を原子力安全・保安院に報告。この審議過程で貞観地震の危険性を指摘されたが、「学術的な見解がまとまっていない」として、津波想定の見直しを先送りしていた。
貞観タイプの地震は発生間隔に数百年のばらつきがあり、震源域も十分に解明されておらず、まだ研究途上にあるのは確かだ。今回の地震が「貞観の再来」かどうかも議論が分かれる。
ただ、学界、国、東電がいずれも「可能性」を認識していながら、結果的に「想定外」となってしまった事実は重い。
地質調査をした東大地震研究所の佐竹健治教授は「調査結果の広報が不十分だった。千年前のようなことが、すぐに起きるとは思わなかった」と漏らした。
■過大投資認めぬ雰囲気
今回の事態を受け、原発の津波対策は抜本的な見直しを迫られる。
京都大原子炉実験所の釜江克宏教授は「高い防波堤を造れば安心ということではなく、想定を超える津波でも最悪のシナリオに至らない多重、多様なバックアップが必要」と強調する。
首藤伸夫・東北大名誉教授(津波工学)は「原子炉の冷却装置が水をかぶっても運転できるように業界に提言してきたが、想定を超える津波への備えは過大投資だとして認めない雰囲気が強くある。どこが弱点だったのか徹底的に調べなくてはならない」と指摘した。(産経新聞)
|