| 龍谷図と本光寺図「混一彊理歴代国都之図」。 本光寺図は東西が正しく描かれているが、 龍谷図は西が上(北)として描かれている。 どちらもほんものでしょう。 本光寺図は歳差とはかかわっていない図で 龍谷図は歳差とかかわった図。 魏志には「乍南乍東」とある。 所謂、「南は東」と読むなら、 「乍南」なら『西は南』で、 『東は北、北は西』となる。と円環する。
龍谷図は『北と西』が入れ替わって描かれている。 何故、このような絵図が描けるか。 それは、古代人の歳差運動理論を嵌め込んだからです。
>『古代人の歳差運動理論ってなんでしょうか。いわゆる天文学の歳差運動のことと同一のことでしょうか。たかだか、2、3000年ことで南が東に変わるのですか。』 ・・・・・・・・・・・・・
本光寺図が龍谷図のように方位が『北が西』に入れ替わるためにの所要年数は 19,440年が必要でしょう。
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